ハッピー

シアワセかと聞かれればたぶんそうだと答える。
でも僕はいつだってシアワセだったし、そうでない時も常に自分はシアワセなんだと思ってた。
積極的になれなくても、少なくとも不幸じゃない、に置き換えて。

プラマイゼロならそれは望ましい状態で、
マイナスに転じなければそれも成功で、
プラスになったからといって必ずしも満たされないことも多々あった。

理由はいろいろあったのだと思う。
今となってはなぜダメになったのか、うまくいかなかったのか、思い出せない。
それと同じように、なぜ今こんなにはしゃいでいるのかも正直よくわからない。

わからないけど、深くは追求しない。
理由がわかっても、真相を知らなくても、
美味しいものは美味しいし、気持ちいいことは気持ちいい。

ホントの自分を知って幻滅し去っていくならそれも仕方のないこと。
大体ホントの自分だってどれがホントなんだか自分にだってわからない。
曖昧でいいんだと思う。
なぜ?って思わなければ全て自然に流れていく。

気に入らないこと、
不満に思うこと、
相手に望むこと、
ここは改めて欲しいこと、
あげればキリがない。

逆に言われればムカつくだろう。
ヘラヘラ笑ってやり過ごすかもしれない。
それくらい浅くて、軽くて、いい加減で、不真面目で、
丁度いい。

信じないし、疑わない。
愛さないけど、
褒められればお礼くらいは返す。
常に軽くしておかなければ、
いざという状況に対応できないじゃない。

さて、そんな僕でも、
そういう僕らでも、
傍から見ればシアワセそうに見えるらしい。

だからそれでいい。
ホントのことはきっと最後まで僕らにだってわからないだろうから。
わかったとしたら、
それは「初めからわかっていたこと」なんだ。

でなければきっと今の状態だって耐えられない。

ふと、そんなことを思う。


※結論としては理屈ではない、ということか。
 そういうことにしておこう。
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by ten2547 | 2009-08-31 22:52 | 白書