call

電話が鳴る。
何度も鳴る。
それは遠い遠い遥か彼方からの電話。

なんとなくわかる。
用件も、
状況も、
そしてそれを優しく包むオブラートも。

だから、取らない。
だから、出ない。
出たくないし、出る必要もない。

鳴り響く呼び出し音。
泣き叫ぶように、もがき苦しむように、
僕に助けを求めている。

地獄から這い出すために。
底辺から抜け出すために。
命のコール。

やっぱり、一番酷いのはこの僕だね。

地獄へ、落ちる。
わかってる。
そんなこと。


※怖いんだ。ただ、怖いんだ。
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by ten2547 | 2009-09-02 21:52 | 回顧

ばんばんばばばばばばばば~ん!

どこか変だ。
どこがどうということはないけど何か変だ。

あの頃僕は若かった。
その頃キミも若かった。

あの時僕はバカだった。
その時キミもバカだった。

自分でバンバンしなさい。
ああ、マダム楊。

そんな時代。
そんな世代。

僕は、これからどうすればいいんでしょうか?


※髪の毛もフサフサ
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by ten2547 | 2009-05-13 23:58 | 回顧

宿便

チェリ~ハウ...

少し訛ったような言い方が耳の奥に残る。
ほんの少しでも愛おしいと思えたあの頃が一番幸福だったのかもしれない。

雨の降る中、突然の不調の前になす術もなく倒れこんだ僕を、心配してくれた。
そんな優しさに甘えて、僕は何度もウソをついて、退けて、邪険にして、最後はまた甘えた。

もう帰らない、ままごとみたいな日々。

別に懐かしくもないや。


※どうすればスッキリするのだろう...
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by ten2547 | 2008-09-10 23:59 | 回顧

そしていまでも心の中にモヤモヤ残るイデの巨神伝説

むしろ、ガンダムよりイデオンの方が強烈なインパクトがあった、ように思う。

テレビ放映が視聴率とキャラクターグッズ販売不振から中途半端に打ち切られ、何だか消化不良に終わったラストシーンは、映画において全世界の人々を驚愕させ(大袈裟)、僕は感動と衝撃のあまりしばらく放浪の旅に出たのであった(嘘)

賛否両論、というよりは批判の方が勝っていたせいだろうか、それともガンダムとの比較でそうなる運命だったのか、イデの巨神は文字通り伝説となって僕らの前から消え去ってしまった。時々思い出したようにレンタルビデオのアニメコーナーへ行ってみても、貸出はされていなかったように思う。(それほど熱心に探したわけではないので不確かだけど...)

そしてなぜか突然、頭の中をバッフ・クランだの、ロゴ・ダウだの、ユウキ・コスモだの、記憶のシナプスが繋がったかのように駆け巡る現象に、便利になったネットで検索し、ああ、そうだったよな~と思い出に浸るなどという奇行を許してしまう自分がいる。

カララ・アジバだってさ。
フォルモッサ・シェリルだってさ。

蘇れ、伝説の巨人、巨神よ。


※あの映画のラストシーンは素晴らしかったと思うけど....
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by ten2547 | 2008-09-06 10:15 | 回顧

盛夏恒年

友達はそれ以上の存在になり、
それ以上を求めると友達ではいられない。

高校生の頃、同級生に自分の想いをぶつけた。
何を言ったか正確には覚えていないけど、
どれだけ好きかを伝えた、つもりだった。

伝わるはずもなく、
言葉は宙を舞い、
そして地獄の日々が始まった。

優しい彼は、以来そのことを一度も口にはしない。
たぶん、誰にも言っていないだろう。
オトコから告白されたなんて死んでも知られたくないだろう。
以前と変わらず僕と友達でいてくれた。

それが死ぬほど辛かった。

大人になって再会した。
あの頃と変わらない、ステキな笑顔だった。
今も近くにいる。
同じ空気を吸って生きている。

僕の手に残ったのは1枚の写真。
止まった時間。
僕の、一番恥ずかしい過去。
だけど忘れられない青春の1ページだ。


※永遠の夏
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by ten2547 | 2008-04-13 13:26 | 回顧

回想

好きだった。
ずっと前のことなのに、今でもこんなに胸が痛いよ。
結婚して子供もいるキミを見つめる視線の温度を感知されないようにしてたけど、次第に回る酔いに任せてあの頃の甘酸っぱい想いに浸ってた。
坊や。キミのパパはカッコイイよね。僕も若い頃大好きだったんだよ。


※今でも大好きなんだ。けど...
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by ten2547 | 2008-03-08 22:53 | 回顧

渚の嫌われ松子

何だか自分の過去を見ているようだった。

僕の人生で最悪の日-。
僕の生涯でただ一度の「告白」の日-。
あの日、僕は、もう頭がおかしくなりそうなほど「彼」を好きになっていた。
どうしていいかわからず。
どうして欲しいのかもわからず。
ただ、自分の思いを伝えたくて、ただそれだけで精一杯だった。
人生が終わったと思った、17歳。
嫌われ松子のように....

その映画のことは知っていたけど、観たことがあるかどうか定かではなかった。
どうぞというお言葉に甘えてお借りした「渚のシンドバッド」を観てタイムスリップした。
高校時代の自分は「悩み」が歩いているようなものだった。
同級生や後輩に思いを寄せては、それを昇華することができずに爆発しそうな自分を持て余し、この世でたった一人不幸を背負ったと思い込み、その過酷な運命を呪い、受け入れ難い「性癖」を治癒すべく医者にも通った。
そんな暗黒時代の自分と重なる設定に、思い出したくない過去を思い出していた。
そうだ、僕もあの日、彼の自転車の後ろにまたがって、彼の背中を感じていた。
彼の部屋で、僕はもう何語かわからない言語を駆使して自分の思いを伝えた。伝えられたかどうかはわからない。何と言ったかもはっきり覚えていない。でも、言わなければ僕は死んでた。死にそうなほど恥ずかしい思いをしながらも、僕は彼に伝えたかった。
好きだということを。

当然のことながら、彼がそんな僕の思いを受け入れるはずもなく、僕は見事に玉砕したわけだけど、次の日からどんな顔して接したらいいかと思うとまた死にたくなった。
彼は今まで通り普通にしてくれてはいたし、誰にも口外することもなく、その後二度とそのことについて触れることはなかったけれど、きっとどこかで僕のことを軽蔑していたのかもしれない。

僕はと言えば、それからも悩み続け、24歳くらいまでは完全には受け入れてはいなかったと思う。どうして自分はそうなのかを知りたくて、どうしてそうなったのかを知りたくて、色んな文献を読んだりもしたけど結局わからなかった。医者も僕を「治癒」することはできなかった。
当たり前だよね。これは病気ではないのだから...

基本的には17歳の頃と何も変わってはいない。
相変わらず、後輩や同僚や先輩やその他を好きになってしまっているし、節操の無さは益々磨きがかかってきている。あの時悩んだのは一体何だったんだろうか。

ただ、映画の中の彼らのように、17歳の頃の自分のように、ただ感情だけで突っ走ることはもうできない。少しだけ大人になった自分が、ほんの少し先の未来を信じて、自分らしく生きようとしていることだけが救いかもしれない。

松子は叫んだ。
「何で?なんで~~~~!!!!」
僕は叫ぶ。
「やっぱり?やっぱり~~~~~!!!!!」


※嫌われてもいい。僕は僕でありたい。
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by ten2547 | 2007-10-28 22:03 | 回顧

『手をつないで歩く』~かくも短くシアワセなとき~

新宿駅に向かう地下道。
たくさんの人と、知らない人たちとすれ違う。
それは絶えることなく、次から次へと湧いてきては消えていく泡のようだ。
いくつもの言葉が響き合い、日本語なのに耳に届かないざわめきとなって、まるで僕は外国人になった気分で、肩がぶつからないことだけに神経を集中して、駅へと急ぐ。

懐かしいというわけでもなく、楽しいということもない、ただ、ちょっと知っている場所...
この明るい人工的な通りの奥の奥に存在する、誰も知らないほの暗い「パラダイス」で僕はたった今、自分を「解放」してきたところなのだ。そんなことを知る人はいない。僕を知る人は誰一人としていない。完全なる孤独の中で僕は日常へと、ウソの自分へとスイッチを切り替えつつ、軽い眩暈さえ感じていた。

そんな時、僕はある光景に目を奪われた。
手をつないで歩いている人。
大勢の人の中に手をつないで歩いている人がいる。

例えば「親子」
親と手をつないで歩けるのは何歳までなんだろう。
父の、母の手をしっかりと握り締める子供達へ、「今のうちにその温かさを覚えておくんだよ。いつかその手は離れていくのだから」
僕には、あったのだろうか。
親と手をつないだという記憶をたどってみても、たどりつけない。
覚えていないほど、幼く、愚かな存在だったのかもしれないし、本当になかったのかもしれない。

例えば「恋人同士」
それは人生で一番楽しい時間なのかもしれない。
同時にとてもはかなく、こわれやすい時間のひとつかもしれない。
そして、僕にとっては「一生味わうことのない時間」なのかもしれない。
恋人と手をつないで歩く。
もし僕が僕らしくそれを行うとどういうことになるんだろうか?
この国で、この街で、この場所で、この時間、それができるだろうか。
幸せな表情で、誰の目も気にせず、二人だけの時間に浸りきる。
たいして難しいとは思えない。
でも、きっとできないだろうな。

例えば「老夫婦」
長年ともに人生を歩んだ二人が、皺だらけの小さな手をつないで歩いている。
みんなにどんどん追い越されても、二人の歩みは、二人にしかわからない意味がある。
きっとこの前つないだのは何十年も前のすべすべの手だったに違いない。
ここに来てやっと、本当の温もりを知った二人。だからとてもアタタカイ。

人生で、手をつないで歩ける時間はとても、とても短い。


※僕には全くないと思ったその幸福の瞬間は、
   ちょっとだけ違う角度で実現する。
    文字通り夢のような、幻のような、
      それだけに忘れがたく、貴重なとき、だった。
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by ten2547 | 2007-02-10 09:25 | 回顧

『道を尋ねられる』~尋ねることのない僕にとっての大いなる疑問~

人を2種類に分類することがよくある。
僕の場合は、「道を尋ねられる人」と「尋ねる人」というのがある。
何それ?て思われるだろうか。

道を歩いている時、横に車が止まる。窓がスーっと下りて、「すみません、○○病院はどう行けばいいんでしょうか?」とか「○○駅はどっちですか?」と聞いてくる。
頭の中にはだいたいの場所が浮かんでいても、ドライバーに説明するのは咄嗟には難しい。一方通行や、進入禁止のバス専用道路なんかがあるからだ。
彼らはなぜ家を出てくる時に地図で確認して来ないのだろう?それより、なぜ「僕」なんだ?
まあ、病院に行く人の場合は事情があって取るものもとりあえず出てきたのかもしれないけれど、今ならカーナビもあるんだし、病院に直接電話するという手もある。問題はなぜ僕が選ばれたかということだ。

一番驚いたのは、那須塩原温泉に行ったときのこと。どう見ても地元の人には見えないであろう僕に、向こうから歩いてきたご夫婦が「○○銀行はどこですか?」と地元の銀行を尋ねた時だ。僕はちょうど、総合案内所のようなところで日帰り入浴ができるところの情報を仕入れてきたところだったので、余計にショックだった。そう、ショックだったんだ。どうして僕に聞くんだ~!と心の中で叫んでいた。駅なら駅員に、観光地なら案内所や土産物屋に聞いて欲しいよ。

そういえば、ソウルの空港でトランジットの待ち合わせをしていた時も、韓国人の夫婦が何かを尋ねてきたことがあった。バンコクのオフィスビルでも子供に何かを聞かれた。現地の言葉がわかれば答えてあげなくもないけど、ここでも問題はなぜ僕に聞いてきたのかということだった。

そこで考えてみる。自分がもしだれかに道を尋ねる時の人選の基準は何だろうか。怖そうなお兄さんや、小さな子供にはまず聞かないだろう。若い女性も警戒されそうだし、自分より背の高い人や(一般的な意味で)強そうな人は避けるだろう。そうしたら残るのは優しそうな小父さんか、小母さんってことになる。道に詳しいかどうかではなく、自分が聞きやすいと直感で感じた人。そしてたとえわからなくても邪険にしないで親切にしてくれそうだと思える人。もしそうなら、僕がそういう人に見えたってことなんだろうか?

そういえば、最近、道を聞かれることがなくなった。「そういう人」に見えなくなったっていうことか。
これは喜んでいいのか、悲しむべきなのか。
「怖そうで、不親切そうな人」に見える僕は、本当にそういう人になったのかもしれない。


※だがしかし、その後もやっぱり僕は尋ねられる人のままだ。
   電車の中で、子供に、老人に、外国人に聞かれる、質問される。
    お願いだから僕に聞かないで。だって僕は田舎モノ。
     そこは見知らぬ大都会。
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by ten2547 | 2007-02-10 08:59 | 回顧

『相席3』~ちょっとした心遣い~

「あの~、座席は通路側をお願いします」
一人で飛行機に乗る時、チェックインカウンターで必ずそうお願いする。
途中で席を立つ時、一々隣の人に断るのが嫌なのと、窮屈なエコノミー席を少しでも快適に過ごすために。
よほど混んでいない限り、この「お願い」は満たされる。
インターネットなら画面で席を予約することもできるから申し分ない。

それでも必ず隣に誰かがすわることになる。
その人はトイレに行く時も、一々僕に声をかけなければならない。
僕が寝ていたりしたら、言い出すこともできないことになるから気の毒だ。
だから、最初に席に着く時、こう言ってあげようと頭の中で作文する。
「こんにちは。トイレに行かれる時はいつでも声かけて下さいね。寝ている時でも起こしていただいて構いませんから(ニッコリ)」

だけど、今まで一度もこのセリフを言ったことがない。
初対面の人に話しかけるのは『最初の3秒が勝負』ってどこかで読んだ気がする。
言えないのは僕が臆病なのと、相手の人が150%他人を拒否していそうな感じがするから。
それでも言ってあげた方がいいのかな、なんて思っているうちに30秒くらい経っている。

あるフライトで6時間、一度も席を立たなかった「隣人」がいた。
僕がトイレに行く時、彼も行き易いようにと少し気を遣って、時間をかけて戻ってみても、動いた気配がない。
ちょっと怖かった。
ま、そんな人もいるのかな。

次はちゃんと言ってみよう。最後の「ニッコリ」が大切だけど、できるかどうかは自信がない。


※その後もこのセリフは沈黙を保ったままだが、オーベー人とは会話できるけど、日本人とはできない、という事実に気づく。オーマイガ-!
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by ten2547 | 2007-02-10 08:41 | 回顧