丘島のキセキ

もう自分には何もいいことなんてない、そう思っているところに不意にそれはやってくる。

この季節は天候が悪く、波も荒いですよ。
ヘタすると毎日雨なんてことにもなりかねません。
南国特有のスコールというより、シトシト一日中降っているという感じです。
避けたほうがいいと思いますよ。

そう言われてしばらく訪れることのなかった島へ、あの未曾有の大災害から間もなく満4年になる姿を確かめに久々に行ってみた。
繰り返し悲惨な映像が全世界に流れたため、有名なリゾート地ゆえに実際以上に風評被害に悩まされた島は意外に早い復興を遂げたと聞いていたし、そんなことが起こったとはとても思えないくらい平和で落ち着いていた。
ように見えたけれど、一歩裏通りに入れば、恐らくその後遺症と思われるような荒れ果てた地帯が残っていて、思わず巨大津波のパワーを想像していた。

災害後は全て撤去されたと聞いていたビーチパラソルやデッキチェアもそう数は多くないにしろ置かれていたし、ビーチ沿いのコテージや海の家は真新しい感じがした。僕がかつて宿泊した施設は影も形もなかったけれど...。

確かに風が強くて波は荒いけれど、別にマリンスポーツを楽しむわけでもないので大きな影響はなく、幸い雨も降らずいいお天気が続いた。ホテルの部屋も「グレードアップ」したし、何も言うことはないな、などと、やけに高いレストランの会計も大して気にはしていなかった。

平凡で平和、そして勝手がわからない分だけ行動範囲の広がらない、退屈な休日の始まりだった。本音を言えばちょっと後悔していた。ここへ来たことを。

そんな時に限って「カミサマ」は不思議な状況を与えてくれるものだ。

それは、もう僕にはそんなこと一生ないんだろうなと諦めていたような部類の、だからこそ何の期待もしない種類のもので、仮にあったとしても不自然でぎこちなく、実感を伴わない空虚なお芝居みたいなもの、百歩譲って遠い記憶の彼方にかすかに残る思い出みたいなものだろう。
昔話だよね。
そう、少なくとも未来じゃない。

初めはほんのお酒の席の戯れのようなもので、ありがちで、だからこそ心地良く、無邪気だった。
やがて自分の心の中に感じた揺らめきの原因を確かめたくて、踊ったりもしてみた。
そのうちそれはどうしようもなく僕を支配し、もう他のことは何も考えられないくらいに大きく成長していた。オマエ、いつの間にそんなに大きくなったんだい?
子供は欲しいものがあると引き下がらない。駄々をこねて、居座って、泣きじゃくって、甘えて、拗ねて、媚売って、何とかして手に入れようとする。
鏡に映った自分はまさにおもちゃ売り場でのコドモ状態だった。
でもまだ本当の気持ちは確認できない。確認する手段はただひとつしかない。
最後の一手は博打だった。

もう自分にはそんなことをする情熱もエネルギーもないと思っていたけど、自分ひとりの力ではどうにもならないことでも、友人の温かい一言でサイコロを振った。
半か丁か...

初心者にありがちな最初の成功体験(ファーストラック)によって賭け事にのめり込んで行くのと同様、奇跡に近い勝利は完全に僕の脳を占拠した。
バカだとわかっていても、何度同じ経験(失敗)を重ねようと、この浮遊感は神経を麻痺させる。全ての価値をその一点に集中させようと、自律神経さえ支配できるような錯覚に陥る。麻薬のような依存症状が顕れる。自分の意思なのに何か得体の知れないものに操られているような都合のいい状況設定と言い訳、自己満足、思い込みと非現実感。不思議だ、本当に不思議な感覚に包まれる。僕は本当に僕なのだろうか?
そしてキミは一体誰なんだ??

死者の魂に背いてまたひとつ罪を重ねる僕はきっと地獄の業火にさらされる。



※甘美な夢に溺れる者は艱難辛苦の煮え湯を飲むに等しい愚者である。
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by ten2547 | 2008-08-18 10:29 | 旅行