風に散ったともし火を彼の地に再びと願う

電車に乗って、船に乗って、たどり着いた場所は極楽浄土への入り口だ。
ご本尊の前で僧侶が何やら厳かに儀式を行っている。
そこにいると、なぜか不思議と暑さも忘れ、自然と涙が溢れてくる。こころが穏やかになる。しばし、「僕等」は今は亡き魂を想う。

コトバとかモノなんかでは決して表現できないことが確かにある。
科学では説明できないことが存在する。
境内に入った瞬間、その力が空間を揺らすのを「僕等」は見た。
もう、涙止まらない。
そこにいる。確かにいる。
「僕等」に何かを伝えようとしている。
怒っているのか、ありがとうなのか、それはわからないけれど。

いつか「僕等」も風に舞う日が来る。
その時、何かを伝えたい誰かがいるだろうか。
その誰かは「僕等」に優しい人だろうか。それとも裁く人だろうか。
「僕等」の罪を罪として扱うのか、あるいは許容範囲と笑ってくれるのか。

それはまだわからない。

※「僕等」は誰かに優しいだろうか?厳しいだろうか?
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by ten2547 | 2005-05-05 16:56 | 旅行